毎年春のご祈祷にお伺いするお宅がありました。数え九十二歳になるお婆ちゃんが一人暮らしをしており、この日も嫁がれている長女様がご案内くださいました。
ご祈祷を終え、少し世間話をしていると、お婆ちゃんがふと思い出すように、昔お母様から授かった言葉を口にされました。
「時と場合によっては、欲から離れて、生きるお金を使うものだ」
「自分の身を痛めても、人の痛みを覚えるものだ」
それはお婆ちゃんがまだ小学生の頃に聞いた言葉だそうです。
そのお母様の言葉を伺った私は、一瞬にして心の感動のスイッチが入り、さらにお話を伺いたくなり、 「すごいお母様ですね。他にどんな思い出がございますか」 と尋ねると、お婆ちゃんは心の小箱を開けるように語ってくださいました。
「人に生まれ、一番なにが幸せだと思う?」と母に問われた私は、子ども心に「美味しいものを食べて、楽をすれば一番幸せだと思う」と答えました。 すると母は、「ん~、それしか考えられねべ・・・。人に尽くして、人に感謝されることこそ、人間に生まれて一番価値があり、一番幸せなことだよ」と諭してくれました。今でも鮮明に覚えています。
お婆ちゃんが十八歳の時、四十一歳の若さでお母様は他界されました。 その最期にお母様はこう言い残されたといいます。「いいかい、なにがあっても絶対ここでは泣いてはいけないよ。他の患者さんに迷惑がかかるからね。短い間でもいっぱい親孝行してもらって、なんの悔いもない。今の気持ちは空に例えれば『日本晴れ』だよ。」
その夜、お母様は静かに息を引き取られました。現在、お母様の倍以上の寿命を生きてこられたお婆ちゃん。そのご心境は、母と娘の縁を超え、仏との出会いにも似た境地でありました。私はその語られた言葉を超えて、深甚なる仏の教えを膝下にて拝聴させていただいた感激でございました。